2017年2月19日日曜日

森友学園問題の深い闇

ぼくはいま怒り狂っている。
森友学園事件(敢えて「事件」という)についてである。
安倍首相の
政治家としての資質(あるいは資質の欠如)に関わる問題で、
もう少しまともな世の中であれば内閣が吹っ飛ぶような話である。
…といっても、
「事件」そのものがピンと来ない方もいらっしゃるだろう。
テレビや新聞が問題の全貌を伝えないからで、
大手マスコミの権力に対する腰砕けがまた腹立たしい。
いまのところネットメディアのLITERA
事件の全貌を一番きちんと伝えているようだ。

森友学園事件については互いに重なりあう二つの側面があり、
その重なりあう部分の要に「安倍晋三」という存在がある。

問題のひとつは
学校法人・森友学園が新設する小学校の用地として
国有地が相場の9割引きという破格値で払い下げられたこと。
この小学校は3年前、
「安倍晋三記念小学校」の名で寄付金集めを行なっており、
名誉校長には安倍昭恵・首相夫人が就任している。
この学校法人の経営者は、
安倍政権に大きな影響力を持つとされる
宗教右翼団体・日本会議の有力メンバーである。
この“お手盛り感”は
明治の北海道官有地払い下げ事件を想起させずにはおかない。
安倍首相は国会で
森友学園に便宜を図るよう働きかけたことはないと答弁した。
それはその通りだろうと思う。
しかし、一時は「安倍晋三記念小学校」を名乗り、
その夫人が名誉校長に就任しているとなれば、
この小学校が
安倍首相と極めて近い関係にあることは誰の目にも明らかである。
特段の便宜を図るよう首相自ら働きかけるまでもなく、
(例えば)官僚がその意を体して動くことは当然に想定される。
ゆえに有力政治家、
とりわけ首相ともなれば、
憶測を生まないよう慎重な行動が求められるはずだが、
安倍氏の辞書に「李下に冠を正さず」という言葉はないらしい。

こうした自ら手を汚さず
相手の忖度を期待するやり口は安倍氏の常套手段で、
慰安婦問題を扱ったNHKの「ETV2001」が
自民党の圧力で放送直前に内容が改変されたときも、
安倍氏は「公正中立にやってください」としか言っていない。
安倍氏と面談した当時の松尾武・NHK放送総局長は
朝日新聞の取材に対して
「(真意を)勘ぐれ」という意味に受け取ったと話している。
(松尾氏はその後証言を撤回したが、録音テープが残っていた。)

もうひとつは、森友学園の「教育」そのものが抱える問題である。
この学校法人が経営する塚本幼稚園は、
園児に教育勅語を朗読させることで知られている。
復古調というより「極右」の学校法人だが、
問題はそれだけに留まらない。
この学校法人の幹部(理事長やその妻)が保護者に対して
「よこしまな考えを持つ韓国人や支那人」などと記した文書を
再三にわたって配布していたことが明るみに出たのである。
わざわざ「支那人」などという表現を使っているところを見ても、
これはあからさまな「ヘイト」=差別・排外主義であり、
それ以外の何物でもない。
未確認だが、
こうした「教育方針」の下、
苛められて退園に至った在日韓国人園児がいるとの情報もある。
それが事実であったところで何の不思議もないだろう。
例えていうならドイツでネオナチが学校を開設し、
反ユダヤ教育を行なっているというに等しい話であって、
もちろん彼の国では到底許される話ではない。

こうしたヘイト体質の団体が
なぜ学校法人として認可されているかというのも疑問だが、
それを首相が国会答弁において
「(昭恵夫人によれば)教育に対する熱意は素晴らしい」などと
言ってしまうところに現代日本の深い病巣がある。

第二次安倍内閣の成立以来の悪政・失政は枚挙にいとまもないが、
これほど腹が立つ話もない。
多くの先人たちの血と引き換えに獲得した
民主主義や反差別という価値観がないがしろにされ、
そして、その動きを首相を先頭に政府が後押しするという
倒錯がまかり通っているのがいまの日本だ。
そしてその安倍政権がいまなお
国民の高い支持率を誇っているという異常事態である。
こんなことでいいのか、日本。
国際的な常識からみても、この後進性は「国辱」ではないのか。

2017年2月16日木曜日

釧路の日々は代わり映えもせず…

月曜日、一ヶ月ぶりに釧路に帰ってきた。
不在のあいだにかなりの雪が降ったのだろう。
前回、雪を掘って作った通路が消えかかっているので、
改めて家の正面と裏側を除雪し、玄関へのアプローチを確保する。
それよりショックだったのが、
きちんと水道の元栓を落としていたはずなのに
留守のあいだに水道管に僅かに残っていた水が凍結、
浴室のシャワーの付け根の金属が裂けていたことである。
こうなると蛇口部分の全体を交換するしかない。
専門の業者に即日対応してもらえたからよかったが、
3万円近い出費は想定外で、退職後の身には痛手だった。

留守にしていたあいだのケアを別にすれば、
釧路で過ごす毎日は代わり映えがしない。
きょうは朝8時半に起床、
ベッドの中で先日亡くなった谷口ジローさんの
「坊ちゃんの時代」シリーズ(原作・関川夏央)を読む。
9時にベッドを出て、人参、林檎、檸檬を搾って生ジュースを作る。
朝食のメニューは毎朝同じで、
このジュースと卵二つの目玉焼き、ヨーグルト。
紅茶かコーヒーのどちらかを飲む。
今朝はコーヒー、
釧路の「サンサン」という店の豆で、これは美味しい。
ヨドバシ・ドットコムに注文していた、
やはり関川+谷口コンビの「事件屋稼業」1巻と2巻、
西原理恵子の「ダーリンは71歳」が届く。
釧路には今週末までの滞在なので、とても全部は読めそうにない。
我が家から坂を下ったところにあるステーションにゴミを出す。
毎週月曜と木曜が燃えるゴミの日で、
毎日大量に出るジュースの搾りかすに加えて、
冬のあいだは薪ストーブの残灰があるのでゴミの量が多い。
急坂が凍っているので、
ゴミ袋を持っておっかなびっくり滑らないように下りていく。

食器を洗ってインターネットでニュースのチェックをしたりするうち、
気がつけば時間は正午をまわっている。
いつもなら昼食も自炊、
パスタ(ソースは自作)か広島風お好み焼き、
ときどきイクラ丼というのが定番だが、
きょうは外食にして「Loop」なる店でエゾシカ肉のカレーを食べた。
(週に一度くらいは気分転換で外食をしたくなる。)
その足でスーパーマーケットまで行って買物。
天気のいい日には、
夕陽の撮影を兼ねてもっと遅くなってから出ることが多い。
現在の日没は17時前で、年末に比べれば1時間ほど遅くなった。


これは昨日の夕陽。
晴れあがって、雲がほとんどない冬の日の夕焼けである。

帰宅して、かみさんがある週刊誌から依頼された、
鍼灸のツボに関する文章を添削する。
「添削」といっても、
かみさんの日本語はいい加減だから、ほとんど一から書き直すに近い。
この春からかみさんが通信制の鍼灸大学院で学ぶので、
ぼくはこうした「内助の功」を迫られることが多くなりそうだ。
テレビ屋として仕事をする余力があるのか、不安なきにしもあらず。
少しでもお金を稼いで、釧路でお墓を買おうと思っているのだが…。
夕方はDVDかハードディスクに録画しておいた映画を観る。
今日はハワード・ホークスの「リオ・ブラボー」(’59)。
昨日はやはりホークスの「赤ちゃん教育」(’38)を観た。
明日もホークスにして、「ハタリ!」(’62)でも観ようかな。

映画を観終わって夕食の準備にかかる。
これもほぼ毎晩、自炊の家飲み。
今夜はイカの酢〆と先日作っておいた砂肝の酢漬け、
紅鮭を焼いて、一人用の七輪で氷下魚の生干しを炙って食べる。
酒は山形の「麓井」を飲む。
飲み食いしながら
録画とDVDで柳家さん喬の落語を聴く(「笠碁」「時そば」)。
ぼくは三十年来のさん喬ファンで、
小三治の後に落語界の屋台骨を支えるのはさん喬だと思っているのだ。

また食器を洗い、風呂を沸かして入る。
すべての家事が片づくと、
酒を舐めながら午前1時か2時ごろまで本を読む。
開高健の「最後の晩餐」が読みさしだが、
今回は谷口ジローを(追悼の意味を込めて)優先するしかないかな。
こうして釧路で過ごす日々は、
代わり映えがしないようでいながら、
それなりに忙しく、気ぜわしく、あっというまに過ぎていくのである。




2017年2月12日日曜日

ぼくの「食べログ」

仕事の第一線を退いて一年になるが、現役時代は本当に出張が多かった。
それも海外出張はせず、
もっぱら日本の地方を歩き回っていたのである。
ぼくは酒飲みだから、
出張の夜はまず、その街で飲み食いする場所を探す。
地元の人やタクシーの運転手さんに訊くこともあったが、
それほど大きくない地方都市だと
繁華街をぐるり2周くらい歩きまわって良さそうな店の目星をつけた。
30年以上それをやってきたから、
次第に鼻が利くようになって打率はけっこう高かったと思う。

近年ではインターネットの発達により
「食べログ」などという便利なものもできて、
それを参考にすることも増えた。
経験的に言えば、
「食べログ」で3.5以上の得点を得ている店ならまず間違いはない。
しかし、所詮はネットの人気投票で、
こうしたものに頼っていると嗅覚が鈍るなあ…という危機感もある。

東日本大震災以降、東北での取材が増えたが、
盛岡、福島、相馬、南相馬、いわき…
よく通うことになった街には何処にも「行きつけの店」ができた。
その街に泊まれば必ず行きたくなる店。
しかし、ふと気がつけば、
そのなかに「食べログ」で探した店はない。
昔ながらに自分の足で見つけたか、
地元の人に教えてもらった店ばかりである。
「食べログ」は便利だが、
平均点評価の限界というのだろうか、
クセになるほど個性的な魅力のある店が埋没してしまうのかもしれない。

さて。
ぼくは東京の西荻窪に住んで2年半になる。
その前は隣の荻窪に10年いた。
だからこの界隈にはそれなりに詳しい。
気に入っている飲食店(というか、飲み屋w)を何軒か紹介してみよう。
すべて「自分の足で歩いて探した店」だが、
参考までに「食べログ」による評価を付記する。

まずは荻窪駅北口の和食「有いち」。
先週の土曜日に妻と二人で食事をしたが、
開店してちょうど10年になるという話だった。


ぼくはこの店ができたときに気がついて、
ちょっと敷居が高そうな気がしてしばらく入るのを躊躇していたが、
ある日、意を決して暖簾をくぐるとこれが大変いい店だった。
主人はまだ若い人だが、
名のある料理店で修行してきたらしく、
きちんとした折り目正しい料理を供する。
目が利くのだろう、魚はとても状態のいいものを使っている。


おまかせコースが税抜き6千円からで、
安い店とは言えないがコスト・パフォーマンスはとてもいい。
ぼくはコスパ重視派なので、
1万円でも安い店があれば、2千円で高い店もあると思っている。
そういう意味で言えば、「有いち」は安い。


見た目も美しく味もいい小鉢は、
先週の土曜日で言えば、
海鼠、新筍、白魚と山葵菜の和えもの、
蛍烏賊と野蒜の酢味噌、自家製からすみなど。
〆にはなかなかの蕎麦が出る。
「食べログ」での評価はきょう現在3.58と高い。
そのためか、
最近では、ふらっと立ち寄っても入れないことが多くなった。
週末は予約をとるのも難しい。
開店当時からのファンとしては痛し痒しの思いだが、
主人は最近は地元のお客さんが増えたと喜んでいる。
こうした店が銀座や赤坂、六本木ではなく、
地元にあることの幸せを思う。
主人が若く研究熱心なだけに、まだまだ伸び代がありそうだ。

ぼくが住んでいるマンションから、
神明通りを環八方面に2〜3分歩いたところに
ワインとイタリアンの店、「upim」がある。
「足で探した」も何も、これだけ近いと嫌でも気がつく。
駅前の繁華街とは離れているが、
マンションの下見に行ったときに“発見”した。
ある日、覗いてみると、
スキンヘッドの
一見怖そうなお兄さんがやっているのでちょっとビビったが、
その実は心優しきバードウォッチャーである。


「upim」は洋風居酒屋、バールといった佇まいの店で、
前菜を何品か頼んでワインを飲み、
旨いパスタで締めるという使い方をしている。
ワインはトスカーナもあるが、
ラツィオやシチリアなどの安くて旨い銘柄を揃えているのが特徴。
ハウスワインもなかなかのもので、従ってコスパは上々である。


この店の特徴の一つはピザが美味しいことで、
酒飲みでピザをそれほど好まないぼくが食べても旨いと思う。
妻などは太る、太ると言いながら必ず注文する。
オーソドックスなマルガリータも旨いが、
シラスのピザ(写真)もいい。
「食べログ」の評価は3.06で、
それほど高くないので、これは穴場である。
それでも、
この店の味を知る地元の人たちでいつも賑わっているのだが…。
研究熱心な主人夫婦は、現在、店を休んでシチリア旅行中。
今月下旬には帰ってくる予定で、
土産話と新しい食材、料理を常連客は心待ちにしているところだ。

神明通りを逆に西荻窪駅方向に5分ほど歩くと
「鳥や 斉藤」がある。
(最近、外装を変え、店名も「SETO」と変えたようだ。)
若い男性三人組が切り盛りする店で、
七輪の網の上で焼く軍鶏肉、数量限定の軍鶏鍋が売り物である。
この店もコスパが抜群。
店の内装は三人の手作りによる素朴なもので、
料理も手作りの豆腐や漬物が大変おいしい。
自家製ドレッシングがいいので、サラダも美味しく、ヘルシーである。


特筆すべきは軍鶏親子丼(650円)の美味しさで、これは絶品。
だから、休肝日に行くことも多い。
「食べログ」の評価は3.03だが、実力はそんなものではない。
行くたびにメニューが少しずつ増えている、発展途上の店。
駅前の繁華街を離れた立地だが、これも先が楽しみな店である。

一年前に仕事を退いて、
いまは「暇はあるけど金がない」状態。
現役時代に比べて、家飲みが圧倒的に多くなった。
そのうえ我が家の両側、歩いて数分のところに、
「upim」「SETO」のような
安くて旨い店があるとだんだん出不精になってしまう。
それでも、
西荻窪駅南口界隈は飲んべえには極めて蠱惑的なエリアで、
つい引っかかりたくなってしまうのも事実だ。
その南口界隈で最近気に入っている店をもう一軒。
「もつ吉 西荻窪店」である。


「もつ吉」は京風もつ鍋と肉の刺身が名物の店で、
荻窪駅北口に本店、すずらん通りに分店があることは知っていた。
店の外観がなかなかいい感じで、
試しに「食べログ」を調べてみるとそれぞれ3.55、3.25と評価も高く、
一度行ってみたいと思いながら機会を得られずにいた店である。
それが去年の暮れ、我が西荻にもあるのを見つけたのである。
「食べログ」での評価は3.07と他の2店より低いが、
基本的に同じ肉を使っているはずで、
このあたりがネット情報のいまいち信頼性に欠けるところである。


ぼくはもつ鍋は脂が強すぎて口に合わないが、
陶皿の上で焼いたもつ焼きが気に入っている。
妻や息子と一緒に家族で利用することが多い店だが、
二人ともかなり気に入っているようだ。


そして何より、
低温調理によって生肉に近い味わいを出した“刺身”が美味。
他では食べられない牛レバーのほか、
軽く炙ったハラミやミノの湯引き、ガツぽんなども旨い。
京野菜の九条葱をふんだんに使った和風の味が日本酒によく合い、
その日本酒も「澤屋まつもと」など京都の地酒を中心に、
「黒龍」「東洋美人」「風の森」など実に嬉しいセレクションである。

この店の面白いところは、
ネットで会員登録をすると様々な特典があるという今様の設定で、
先日、ぼくの誕生日に際しては、
売価3500円のワインを一本プレゼントしてくれた。
なかなかの太っ腹である。
週末は予約でほぼ満席みたいだし、
カウンターがないので一人では落ち着かないかもしれないが、
そのうちふらっと立ち寄ってみたい店である。








2017年1月26日木曜日

大人の休日倶楽部の旅(3)・強首温泉樅峰苑

「大人の休日倶楽部パス」(これが正式名称)の旅も3日目。
10時25分のバスで嶽温泉を発つ。
間一髪で11時27分弘前発の普通列車に乗れたので、
特急の指定席を予約していたのをキャンセルして、
秋田まで各駅停車の旅をすることにした。
新幹線はもちろん、特急の旅もどうにも味気なくていけない。
急がない旅は各駅停車に限る。
行けども行けども、窓の外は一面の銀世界だ。

弘前を発って2時間半、
固い座席にそろそろ尻が痛くなり始める頃に秋田駅到着。
30分ほどの乗り継ぎ時間を利用して駅弁を食べ、
再び奥羽本線の普通列車に乗って峰吉川に着いたのが15時12分。
列車の本数そのものが少ないので、
予定通り特急で行くより1時間早く到着することができた。
駅まで宿の車が迎えにきてくれていて、
4kmほど離れた強首(こわくび)温泉・樅峰苑へ。
国指定の有形文化財だという豪壮な建物である。


樅峰苑は元々この土地の豪農・小山田家の邸宅で、
小山田家は佐竹氏の秋田移封に伴いこの土地に住み着いたという。
代々名主を務め、現在の当主は十六代目。
戦前は450haもの田地を所有していたというから大地主である。
その富の蓄積の一端が贅を凝らしたこの建物にうかがわれる。


現在の建物は、以前の邸宅が地震で倒壊した後、大正6年に竣工。
今年でちょうど築100年になる。
地元の宮大工を京都に一年間派遣して
耐震技術を習得させてから建築にかかったという話だ。
様々な様式の破風を組み合わせたところに特徴があるというが、
ぼくにはよく判らない。


現在は旅館として活用されているが、
古い建物、とりわけ木造建築が好きなぼくには堪えられない。


この階段は鹿鳴館を模したものらしい。
建築様式には詳しくないが、和洋折衷であるのは判る。
明治の文明開化の波が
歳月を経てこうした形で奥羽にたどり着いたのだと思えば、
趣もひとしおというべきか。

温泉としての歴史は浅く、
1964年、天然ガスを試掘したところ温泉を掘り当てた。
それを機に小山田家は旅館に転業。
当初は数キロ離れた泉源から湯を引いていたが、
経済的に合わないので9年前に自家泉源を掘った。
ほどなくして東日本大震災があって元々の泉源は枯れてしまい、
いまでは樅峰苑だけが温泉旅館として残ったのだという。
泉質はナトリウム塩化物強塩泉、
つまり、舐めてみるとかなり塩辛いのである。
各地の温泉をまわってきたが、ここまで塩辛いのは記憶にない。


泉温49℃、無加水、無加熱の100%源泉掛け流し。
宿泊客は貸し切り露天風呂に入浴できる。
心地よいが、やはり一人では淋しい。
いつの日にか、若い娘と一緒に入浴したいと妄想を逞しくする。
前日、前々日の硫黄泉とは違うが、これもまたいい湯である。

この宿の特徴は食事が実に美味しいことだ。
松楓荘、山のホテルに比べると宿泊費が5千円ほど高く、
今回の旅で最も贅沢をした宿だが、それだけのことはある。
ぶりこを腹いっぱいに抱えた鰰の醤油麹漬け焼きを除けば、
すべてが山の幸、川の恵みで、ぼくにはそれが嬉しい。


あみ茸、湯葉、鯉の甘露煮…
上の写真はモクズガニの味噌を甲羅に入れて焼いたもので、
一人前に5〜6杯の蟹を使っているという。
実に濃厚な味わいで、日本酒好きにはたまらない。


こちらは同じモクズガニの唐揚げで、香ばしさが身上。
ともかく、いずれの料理もおいしくて、酒が進む、進む…。
その酒も、
「まんさくの花」で知られる
横手市の日の丸醸造(大きく出たネ)が醸したオリジナル純米吟醸、
ビールも「田沢湖 湖畔の杜」のデュンケル、ピルスナーなど、
他でなかなか飲めない銘柄があって申し分ない。
3泊4日の最後の夜を満喫した。

ぼくは「源泉掛け流し原理主義者」の温泉好きで、
いままでも結構あちらこちらの温泉をまわってきたが、
今回の旅は3泊とも水準を超える、個性的な温泉宿で満足をした。
次回の「大人の休日倶楽部パス」では何処に行こうかと、
いまから期待を膨らませている。
東北は広い。まだまだ訪れたことのない温泉が山ほどある。
そして、信州や甲州、越後、加賀、伊豆、群馬に栃木…
百まで生きないと、とても回りきれないなあ。









2017年1月25日水曜日

大人の休日倶楽部の旅(2)・嶽温泉 山のホテル

9時45分、きのうも乗ったボンネットバスで、松川温泉を発つ。
この便を逃すと、午後になるまでバスはない。


地元のおばちゃんによると、
曲がりくねった雪の山道を登れるバスが他にないので、
古いバスをメンテナンスしながら使っているそうだ。
冬季間だけの運行で、
してみれば、
何も知らずに来てこのバスに乗ったぼくは運が良かったのだろう。
なにせ日本にもはや数台しかないという話らしいから。

盛岡駅から新幹線で新青森へ。
この間はトンネルばかりで旅の風情も何もあったものではない。
特急つがるに乗り継いで、弘前へ。
この街には、四半世紀の昔、けっこう通った。
青森県がリゾート法の指定を受ける直前で、
様々な思惑が飛び交い、
岩木山周辺の町はどこか浮き足立って見えた。
戦後、岩木山麓での国営パイロット事業が失敗して、
事業に参加したリンゴ農家のほとんどが莫大な借金を抱えていた。
あわよくば、リゾートブームの波に乗って土地を売り、
起死回生をもくろんでいたのである。
それから10年ほどして、
リゾートブームの行く末を見届けようとぼくは再びこの地域を訪ねた。
そのときには、ブームはまさに泡沫のように弾けた後で、
リンゴの果樹園だったところが
荒れ果てるにまかせて見棄てられていたのは無惨な光景だった。

弘前からバスで1時間ほど走って嶽温泉に着く。


リゾートブームの当時、取材の拠点として何泊か泊まったところだ。
きのう松川温泉で青森の御夫婦と話していて思い出したのだが、
小島旅館という宿で、食事がとてもおいしかったという記憶がある。
今夜の宿は「山のホテル」で、
その小島旅館に隣接しているのであった。


建物は比較的最近改修したのか、新しくきれいに見えた。
トイレもシャワートイレが部屋ごとについている。
もし、うちのかみさんを連れてきていたら、
昨夜の松楓荘ではすっかり機嫌を損ねたに違いないが、
この宿なら許してもらえるだろう。
そのぶんだけ、秘湯の趣は希薄である。


風呂は二ヶ所にあって、露天風呂はない。
泉質はいずれも同じで、酸性含硫黄―カルシウム―塩化物泉。
白濁していて、硫化水素臭が強い、気持ちのいい湯だ。
当然、源泉掛け流し。
宿泊客用の浴室(写真)の前には自家製の甘酒が用意されていて、
風呂上がりに甘酒とは珍しいが、これが案外いける。
今回は蒲団を自分で敷くコースにして、
浮かせた予算で追加料理の鹿肉のたたき(864円)を注文した。
我ながらなかなか合理的であるw


食事は宿泊費の割には美味しく、
鮪、鰤、甘海老の刺身が出たのは感心できないが、
舞茸の土瓶蒸しや桜しめじのずんだ和えなどぼく好み。
リンゴのクリーム焼きも地域色があって嬉しい。


中に入っているのはグラタンで、
鍋も蓋もリンゴだから当然食べられる。
酒は「豊盃」など地酒三種類の利き酒セットを頼んだ。
締めのご飯はこの宿の名物らしいマタギ飯。


鶏肉に舞茸、竹の子、牛蒡、人参などを混ぜて炊き上げたもので、
先代の当主が熊狩りのマタギだったことから
メニューに採り入れたものらしい。

昨日の松楓荘は素晴らしい泉質に特化した宿だったが。
山のホテルは泉質・食事・設備のバランスがいい。
万人向けというべきか。
松楓荘もそうだが、
昨今は山の中の宿でもWi-Fiが飛んでいて、
こうしてブログを更新したりすることができる。
「Wi-Fi完備の秘湯」というのも時代の趨勢なのだろう。

2017年1月24日火曜日

大人の休日倶楽部の旅(1)・松川温泉松楓荘

JR東日本の「大人の休日倶楽部」周遊券を使って旅に出た。
これはJR東日本の管内なら4日間、
新幹線を含めいくら乗っても15000円というもので、
東京〜盛岡を普通に乗れば片道14740円だからお得感満載である。
ただ、使えるのは年に3回、
それも期間が限られているため、
去年は仕事や通院の都合とぶつかって結局使えず仕舞いだった。
今年は満を持して…東北に3泊4日の秘湯めぐりの旅に出た。

初日のきょうは岩手県の松川温泉。
在職時代、岩手にはよく仕事で通ったが、
交通が不便なためなかなか訪れる機会がなかったところである。
新幹線で盛岡まで行き、そこからバスで2時間近くかかる。
八幡平リゾ−トホテルまで行ったところで、
バスを乗り換えるように求められた。
ここから松川温泉までは昔懐かしいボンネットバスで行く。


バスには「1968年式TSD40改」とある。
なんだか戦時中の戦闘機の型式みたいだ(笑)。
この旧式のバスが雪の坂道をぜいぜい言いながら登っていく。
否が応でも「秘湯」への期待感が高まるではないか。
「松楓荘入口」のバス停で降りて、
新雪をきゅっきゅっと踏みしめながら歩くと、
雪に覆われた古い木造の建物が見えてくる。


今宵の宿、松楓荘である。
「日本秘湯を守る会」の会員旅館で、
ぼくは「守る会」のホームページから予約をした。
玄関のところにかすれた墨字で「寛保3年開湯」とある。
寛保3年は西暦1743年にあたるそうで、たいそう古い話だ。
さっそく入浴。
まず、露天風呂(混浴…だが、女性はいそうにもない)に入る。


野趣溢れる雪見風呂だ。
泉質は弱酸性の単純硫黄泉で白濁している。
とても体が温まる、いい湯だ。
内湯は「ぬるめ・普通の湯」と「熱めの湯」の二種類ある。
ぼくにとっては42℃前後の「熱め…」がちょうどいい。


浴室には湯気が充満していて、他の入浴客の顔が見えない。
湯気を通してほのかに見える人影から、
かろうじて他に人がいるのが判るぐらいだ。

夕食は素朴なもので、イワナの塩焼き、天ぷら、すき焼きなど。
食堂で隣りあった若いご夫婦に話しかけられる。
青森の人で、
各地の「秘湯を守る会」会員旅館をまわっているという。
一度、青森の深沢温泉に行ってみてください、と言われる。
八甲田山麓にある、鄙びた風情の一軒宿らしい。


ビールと盛岡の地酒「あさ開」の純米吟醸を飲む。
山の宿にきてまで海産物を食べたいとは思わないぼくは、
茸や山菜の類を肴に一杯やってすっかり上機嫌。
イワナの塩焼きが冷えていたのは少々残念だったが、
追加注文したイワナの刺身(500円)が美味しかった。


ビールと言えば、
この宿には「日本秘湯を守る会」限定の「秘湯ビール」がある。


秋田県で作られているもので330ml・650円はちとお高いが、
ラベルには
「日本で唯一、ブナの樹から採取したブナ天然酵母を使用」とある。
能書きはまぁどうでもいいのだが、
ちょっとエールっぽい、濃密な味わいの旨いビールだった。


2017年1月23日月曜日

シネマと散歩の日々

今年は仕事の予定がまだ入っていないこともあって、
正月以来のんびりとした日々を送っている。
やることと言えば、
散歩と映画と突然英語の勉強をしたいと言い出したかみさんの家庭教師役。
すっかり年金生活者の気分、
ないしは子どもの頃からの憧れだった“ヒモ生活”の実現である。

釧路にいるときは、ほぼ毎日、
夕方になると夕陽を撮影に幣舞橋まで出かけた。

(印象派の夕暮れ・1月7日)

東京にいても夕方が近づくと家を出る。
我が家の近所…宮前や南荻窪あたりをほっつき歩いて、
何の変哲もない住宅街の表情や気の早い梅の花をカメラに収めている。

(神明通りの夕暮れ・1月15日)
(宮前・1月18日)
(宮前公園の紅梅・1月21日)

そして、映画。
DVDや録画しておいたものを含め、
きょう(23日)までに21本の映画を見た。
ほぼ一日一本のペースである。
年をとってくると映画館まで出かけるのが億劫になり、
家でDVDなどを見る機会が増えた。
徒然なるままに、元日以来、見た映画を記録しておけば…

「ハッスル」(’75 ロバート・アルドリッチ…初見)
「モンキー・ビジネス」(’52 ハワード・ホークス)
「二つの世界の男」(’53 キャロル・リード…初見)
「白熱」(’49 ラオール・ウォルシュ)
「突然の恐怖」(’52 デヴィッド・ミラー)
「拳銃(コルト)は俺のパスポート」(’67 野村孝)
「武装市街」(’50 ルドルフ・マテ…初見)
「スケアクロウ」(’73 ジェリー・シャッツバーグ)
「特攻大作戦」(’67 ロバート・アルドリッチ)
「ヴェラクルス」(’54 ロバート・アルドリッチ)
「不知火検校」(’60 森一生…初見・ラピュタ阿佐谷にて)
「夜の女たち」(’48 溝口健二…初見・神保町シアターにて)
「赤いハンカチ」(’64 舛田利雄…初見)
「聖杯たちの騎士」(’15 T・マリック…初見・ヒューマントラスト渋谷)
「マクベス」(’48 オーソン・ウェルズ…初見)
「三人の狙撃者」(’54 ルイス・アレン…初見)
「ストレンジャー」(’46 オーソン・ウェルズ…初見)
「痴人の愛」(’67 増村保造…初見・角川シネマ新宿にて)
「動脈列島」(’75 増村保造…初見)
「サイド・ストリート」(’50 アンソニー・マン…初見)
「大時計」(’48 ジョン・ファロー…初見)

こうしてみると見事に古い映画ばかりである(笑)。
特に1950年前後…ぼくが生まれる前に作られた映画が目立つ。
それに対して、新作は「聖杯たちの騎士」だけだ。
アルドリッチや増村保造など
ぼくが偏愛する監督たちの作品が多いのは当然として、
いわゆるフィルム・ノワール系の犯罪映画、
それもB級に格付けされるだろう小品の比率が高い。
要するに「新しい(とされる)もの」に興味を失ってきて、
地味ながら古き良きものを好む傾向が強くなってきているわけだ。
それが成熟なのか、加齢に伴う知的退嬰なのかは自分でもよく判らない。



2016年12月30日金曜日

イタリアンは釧路に限る?

28日、11:20のANAで釧路に帰ってきた。
機体整備のトラブルで出発が遅れはしたが、
離陸すると空港の向こうに雪をかぶった富士山がくっきり見えた。

よく晴れて富士山が見えた日には、ちょっとだけ東京が好きになる。

釧路に帰ると今年は例年にない雪で、
我が家の玄関にたどり着くのに
膝上まで積もった雪をラッセルするはめになった。
大慌てで除雪し、玄関までの道をつけたが、大汗をかいてしまった。
ここ数年、釧路で新しい年を迎えるのが我が家の習わしだが、
こうなるとなかなか「ゆるくない」のである。


夕方のANAで、ひと足遅れてかみさんがやってきた。
空港からのバスを「十字街7丁目」のバス停で降りての待ち合わせ。
停留所のすぐそばにある「Zuppa」なるイタリアンでの夕食である。
この店は何時頃からあるのだろうか、
ぼくは今年になってから偶然前を通りかかって店の存在を知った。
表に地元釧路周辺の海産物や肉を使ったメニューが表示されており、
なんとも気になる店だった。
前回釧路に帰ってきたときにランチを食べて、
おいしかったので、かみさんが来る28日夜の予約を入れておいた。

結論から言えば大正解であった。
前菜の盛り合わせを注文して、シチリアのシャルドネを1本開ける。
パスタは、地元仙鳳址(釧路町)産の
牡蛎、ムール貝、あさりをたっぷりと使ったスパゲッティ。

写真のこれは一人前を半分に分けたもの(で、このボリューム)。
メインはマガレイのアクアパッツァ(これも一人前の半分)。
もう一品、隣町白糠産のエゾシカのロースト(これも半分!)

ともかく、地元産の食材を活かした料理の美味しいこと。
量も驚くほどにふんだんで、値段も安い。
(他にモンテプルチアーノを一杯飲んで、二人で11400円だった。)

我が家は夫婦ともにイタリア料理が大好きで、
今年はぼくの定年旅行でイタリアを訪れたほどだ。
かみさんいわく、Zuppaは「イタリアで食べるより美味しい!」。
…一度しかイタリア行ったことないくせに、よぉ言うわ(笑)。
でも、海産物、特に生ものの処理は日本の方が優れているのは確かで、
ま、かみさんの言い分に一理ないわけでもない。
「Zuppa」のマスターがどんなキャリアの人なのかぼくは知らないが、
きちんと料理ができる人が
食材が豊富で家賃の安い田舎町で開業すれば、
東京などより遙かにコスパのいい店ができるだろうことは想像に難くない。
この店には、
また二人で(あるいは息子も一緒に)訪れることになるだろう。
こういう店に出会うと、
田舎町で過ごす幸せをしみじみ噛みしめることになる。



2016年12月11日日曜日

オルガニスト・鈴木一浩さんのライブ

旧知のオルガニスト・鈴木一浩さんからご案内をいただいて、
鈴木さんがトリオで演奏するライブを聴きに行った。
会場は沼袋駅北口にある「OrganJazz倶楽部」。
鈴木さんによれば、
「ビンテージハモンドB3オルガンのサウンドが聴ける
 都内でも唯一のライブハウス」である。
そう言われても、門外漢のぼくにはピンと来ないのだが…。 
沼袋は全く土地鑑のないところなので、
地図を見ながら中野駅からおよそ20分歩いていった。


鈴木さんは年に一度、
この「OrganJazz倶楽部」でライブを行なっている。
いつもはベースが入ったカルテットで演奏するのが、
今年はベーシストが怪我をしているのでトリオになったという。
ぼくが店に着いたのは開演の30分ほど前だったが、
すでにほとんど満席の状態で、
カウンターの片隅にどうにか空きを見つけて滑り込んだ。
よくみると店を埋めたお客の3/4ほどが女性で、
鈴木さんのライブの常連らしい人がほとんどだった。
おっさん、モテるやないけ…とむらむらと嫉妬の炎を燃やす。

ぼくが鈴木さんを知ったのはオルガニストとしてではない。
鈴木さんの表の顔だか裏の顔だかは知らないが、
釧路にある「丸善木材」という会社の副社長である。
縁があって鈴木さんの会社にお願いをした。
そのときの出来上がりがとても気に入ったので、
今年、築21年の家の外装をリニューアルするにあたって、
まず鈴木さんに相談をした。
鈴木さんが提案してくれたのが
焼き焦がしたカラマツ材を一面に張るというもので、
本業(?)の建築の面でも、とてもセンスのいい人である。
そういう鈴木さんとのつきあいのなかで、
彼がプロのオルガニストであることを知った。
ご本人からCDをいただいて聴いた。


もともとぼくはジャズが好きで、
アーシーなオルガン・ジャズが好きだった。
もっともぼくが好んで聴いたのは、
ジミー・スミスやベイビー・フェイス・ウィレットで、
オーソドックスな4ビートが中心。
ギターのグラント・グリーンや、
サックスのジーン・アモンズ、
エディ・ロックジョー・デイヴィスなどと組んだ、
日本でいうならド演歌みたいな泥臭いジャズが好みだった。
鈴木さんは、
フュージョンというのか、ファンクというのか、
ロックの洗練を受けた後のジャズで、もっとモダンである。


ライブでの演奏は実に素晴らしいものだった。
オリジナルとスタンダードを組み合わせた構成で、
ファンキーなナンバーからバラード、
マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」、
さらにはビートルズの「ヘイ・ジュード」まで。
鈴木さんはもちろん、
テナー&ソプラノサックスの安川信彦さんの熱っぽいブロウ、
大槻敏彦さんの奔放自在なドラミングに唸る。
演奏するにつれてトリオの息が合ってくるのか、
だんだんよく鳴る法華の太鼓で、目が(耳が)離せなくなった。
こうなると、聴いている側もだんだんヒートアップしてくる。
ミュージシャンとリスナーが一体になった、
小さなライブハウスならではの至福の時間が訪れた。


鈴木さんは6年後の還暦記念ライブもここで行ないたいと言った。
してみると、おっさん、ぼくより6つも若かったのか…。

ライブの余熱を楽しむように、風に吹かれて中野まで歩いた。


少し飲み足りなかったので「ぢどり屋」なる店で焼酎を一杯。
文字通り一杯だけ飲んで、帰る。
いい夜だった。


2016年12月6日火曜日

週末は紅葉三昧だった。

先週、釧路から戻ってくると
東京は紅葉の盛りを迎えていた。
現役を離れても相変わらず旅が多い生活をしているので、
桜や紅葉など一年に何度も異なる場所で楽しめるのがいい。
ぼくが住んでいる荻窪界隈には大田黒公園という紅葉の名所がある。
我が家から歩いて20分くらいのところである。


元はと言えば音楽評論家・大田黒元雄の別邸に造られた日本庭園で、
現在は杉並区の区立公園になっている。
紅葉の盛りには夜のライトアップも行なっている。
(2010年にこのブログでも紹介をしたことがある。)
週末は三日連続でこの大田黒公園に紅葉を撮影に行った。


初日(2日)は病院帰りに下見を兼ねて行ってみた。
カメラはOlympus OM-D E-M5Ⅱで
レンズはNokton25mm(50mm相当の標準レンズ)である。
ちょうどライトアップ中だということもわかったので、
翌日、3日の土曜日に出直してきた。
カメラは同じOlympus、
レンズはNoktonに加えて、
広角のProminar(24mm相当)、
Sigmaの望遠(120mm相当)の3本を持参した。


まず日没前の斜光のなか、Sigmaで撮影。
このレンズの写りはとても好きだな。


こちらは日が陰ってからNoktonで撮ったもの。
今年はもみじでも紅葉より黄葉の方が目立つ気がする。


NoktonはF値が0.95というめちゃくちゃ明るいレンズなので、
ISOを400〜800にして
Olympus自慢の手ぶれ補正をかければ、
ライトアップされた紅葉を手持ちで充分撮影できる。


撮影はライトアップが始まって15〜20分が勝負。
空に青みが残っているうちに撮りたいからだ。
池に映った紅葉を狙ってみた。
ProminarもF値1.8と明るく、
広角ということもあってこれも手持ちでOK。
もともとぼくは三脚は使わない主義だし、
大田黒公園は混雑もあって三脚の使用は禁止されている。


三日目の日曜もライトアップを撮りに出かけた。
これは自分のためというより、
最近、Olympusのカメラを買った
超初心者の妻の世話役兼指導係を務めるためだ。
そのため、レンズはNoktonだけにした。


撮影を前に妻のカメラを設定してやる。
手ぶれしないようISOを6400にして絞りは2.8開放に固定。
構図のとりかた、光の見方までアドバイスする。
超初心者の面倒を見るのはなかなか大変である。
それでも、自分でも気に入った何枚かの写真が撮れた。